Title: sign
今回の旅ではブルーハーツは聞かないことにしていた。
とくに特別な理由はないけど、でもなんか今回は音楽なしで過そうと思ったら、なんかいろんな音にいつもよりも意識的でいられたかもしれない。
海水と温泉がちょうどいい感じに混ざり合う岩場で、波の音をききながら、ちょうどいい湯加減の海にぷかぷか浮かびながら、夕焼けをながめてたら、ほぐれるとか、ゆるむっていう感覚は瞬間的なものではなくて、ましてや意識的にできるものではないんだなぁと思った。
それと思っている以上に1年でいろんなところが凝り固まっていたんだなぁと。
ネジを緩めるのは、自力では限界があって、自然に緩む環境の中でゆっくりと緩めないと、力任せじゃきっといつかネジ山がばかになっちゃう。
夏の匂いとか、音とか、空気とか、島の人たちとか、色とか、そういうすべての環境が少しづつ自分の中に浸透してきて、ふわっといろんなものがほどけてくる。
そうやって自分の中で涵養されたものが、少しづつ体とか心とか、表情とか、言葉とかそういうものに作用してくる。
やっぱり、人は環境に育まれるものなんだろう。
島に来て、すれ違う人と自然に挨拶ができるようになったり、
顔見知りのおっちゃんができたり、
海岸にいた子と蟹とり競争をしたり、
民宿の人たちととりとめなく話をしたり、
部屋に鍵もしめなければ、バイクも鍵はつけたままで、
ほぼ裸で小銭だけポケットにいれて1日過す。
少しづつそうやって、あたりまえのことが、自然にできるようになってきて、いろんなものの境界があいまいになっていくまでにかかった時間が、自分の中で堅くなっていたネジが緩むまでの時間だったんだろうと思う。
毎日毎日肩外れるくらい泳いでは、ぷかぷか浮かんで、喉が乾いたらビールを流し込んで、夕方には海の温泉でぷかぷかしながら、たらふく食べて、たらふく飲んで、たらふく笑って、たらふく寝て。
そんな1週間を過ごして、さすがに曜日と時間の感覚がうっすらとぼやけてきた頃に、そろそろ家に帰らなきゃと思った。
後ろ髪は引かれすぎだけど、ここでドボンしているわけにもいかないので。
こういう時間も自分には、目的ではなく手段だと言い聞かせて、船の切符をとりに行くことにした。
やっぱり島の空気はいいなぁ。
POSTED @ 2010.08.02 |
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