Title: むさし。
五輪書を少し前に買って、長いこと放置してあったのを、やっと読み終えた。いろんな説が言われているけど、これを書いたのが仮に武蔵だとして。
五輪書の中には、宮本武蔵という人の人間像がものすごくでてると思った。私感だけど、彼はものすごく神経質で、ものすごく細かくて気の付く人だったんだろう。小姑みたいに。
そんで、なによりも死というものへの恐怖心をしっかり自覚していたんだろうと思う。
全篇を通して感じたのは、勝つことへのあくなき執念というよりも、何が何でも負けたくないという、鬼気せまるものを感じた。
戦いに勝つための書ではなく、戦いに負けない為の書だという感じがする。同じようだけどこの感覚は違うと思う。
結局はそこなんだろう。
死を怖くないと思うことは強さではない。
そもそも保身をするときに人が発揮する力は、インテルもびっくりな時がある。たまにいるけど、保身するときにも力を発揮できない人は、そもそも力がないんだと思う。
ある100歳を超えたある禅師の言葉で最近感銘を受けたのは。
「いままで悟るというのは、死ぬことが怖くなくなることだと思っていた。でもそうじゃない、悟るというのは平気で生きていられることだったんだな」
だって。
そして只管打座の奥深さ。
最近どうも禅よりな部分に、ものすごい感銘をうける。でもその感銘を受けたまま歎異抄を読むと、いままで自分の思っていた深さは、所詮くるぶしくらいなもんだったのかもしれないと思う。
しかし道元も親鸞も、もちろん法然も、それこそ蓮如も、もちろん隠元さんも。あげたらきりがないけど。
ほんとにあの頃のお坊さんの感性はすさまじい。すさまじすぎる。すさまじすぎて、目の奥がずーんと重くなるくらい。
POSTED @ 2009.08.13 |
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