Title: 歴史の中の1ページ
書きたいことが次から次へと
わいてくるのにそれに書く時間がついてこない。
社会人になると自分が見えなくなるんじゃなくて
自分を見直す時間が極端に減るんだと思う。
最近友達のブログ進出が結構多くなってきて
一人また一人とリアルな友達がブログに進出してきてる。
それ読んでたらいい刺激になる。
特に旅先であった友達のブログを読んでると
やっぱりこの人たちとは感性近いなと思うことが
多々ある。
今日お寺にきた古くからの檀家さんに
君の曾おばあちゃん(96歳という長寿)がいなかったら
いまのこのお寺はないよと言われた。
曾おばあちゃんはまったく人を差別しないと言うか
どんな人にでもフラットに接することができる人で
とにかく裏表もなく浄土真宗の染みついた人だってみんなが言う。
そして一人でいまのお寺の基礎を作った人。
旦那さんであったおれの曾おじいちゃんは
おれのおじいちゃんが20歳くらいのときに死んじゃったから
それから一人で男の子5人も育ててだれでもかれでも
困ってる人はほっとけない威勢のいいおばあさんだったらしい。
96歳で亡くなったときに葬儀に200人を越える参列者が全国から
集まった。みんなおばあちゃんにはお世話になったっていうひとが
たくさんいて。そのときにいろんな伝説的な話も聞いた。
(泥棒にお金渡して説教してそのまま帰らせた事件とか)
自分の曾おばあちゃんがそういう人でよかったと思う。
誇りに思う。そういう心を大切にしなきゃいけないと思う。
なんか曾おばあちゃんも曾おじいちゃんも
おじいちゃんもおばあちゃんもその前のおじちゃんも
おばあちゃんもずっとずっと先祖の人たちが
いまのお寺の歴史の中の1ページにいて
それが続いてきていまの寺があって。
そして間違いなく次の1ページには自分の名前が
載るのかとおもったらなんかどきどきしてぞくぞくした
POSTED @ 2005.05.20 |
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