Title: お彼岸に総括。
PC買いました。相変わらずVAIO。しかしcore2で4Gのメモリーって・・・無敵です。こんなにすごいなんて・・・想像以上です。フォトショとイラレとItuneを同時に開いてIE開いてなんならデフラグだっていけちゃいます。
そんで軽いし。画面もきれいだし。
いやぁSONY万歳。一瞬でも浮気しようとしてごめんなさい。
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先月EGサイデンステッカーさんが亡くなった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC
こんなにすごい人なんてしりませんでした。挨拶をするくらいだったので日本語がちゃんと話せるのもしりませんでした。
こないだのお盆にもうちのお寺に来てたけど、ほんとすこしでも話を聞けたらよかった。
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文京区、東京、日本、地球。
おれのいまいるところはものすごい片隅で。
針の先みたいなもんで。
そんなところでうじうじと悩む自分は。
小さすぎて。
もう笑うしかないくらいだ。
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上杉謙信があるとき大切にしていたものすごく高価な茶器を落としそうになったという。そのときに上杉謙信は慌ててその茶碗を受け止め事なきをえてああ落とさなくてよかったと安堵したそうです。
しかし上杉謙信はそれからなんで自分があんなに慌ててしまったかを一晩中考えたそうです。そして次の日の朝、上杉謙信は思い立ったようにその茶碗を手に取ると庭にでてその茶器を庭にたたきつけて壊したという。
びっくりした家臣が理由を問うと謙信はこういったという。
「戦国武将たるもの、茶碗ごときに心を奪われてしまったら、まさに物の奴隷ではないか」
この話を聞いて。ほんとに戦国武将じゃなくても。
なにかにとらわれなにかにおわれて、執着やしがらみにとらわれすぎてる人が現代にはたくさんいるんじゃないかと思う。
大切ですよなにかにこだわる心は。
でも何事も過ぎたるは及ばざるが如しですよ。
ほどほどでいいんじゃないか何でも。
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最近思う。仕事でも。なんでも。
物事には役割がある。
それぞれがそれぞれの役割をしっかり認識することが大切。
だいたい最近自分のまわりでおきるおかしなことは。
役割以上のことに首をつっこんでたり、自分の役割をちゃんと認識できてなかったりすることからおきる様なことが多い。
それはお前の首をつっこむところではないでしょ。そんなところにとらわれてたら本末転倒ですよ。
自分の役割をしっかりと認識するということはものすごく大切なことだと思う。なんでもかんでもできるやつなんていないから。
シマウマだって水辺の環境によって見張り役を変えるらしいし、めだかだって川を上るときと下るときではリーダーを変えるらしいよ。
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PC新しくなったのはいいけどキーボードが小さくなったので慣れるまで時間がかかりそうだ。
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今日からお彼岸。
毎年の日記を見るとここ数年この時期にぎっくり腰になる確率が高いので最新の注意をはらって一週間のりきります。そしてまだ法話の原稿ができてないのにあいかわらずこんなところで文章を書いてるのも恒例になりつつある。
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事実は小説よりも奇なり。
ほんと現実には突拍子も無い事件が起きることがある。物語はすべて想像だけど事実は想像をはるかに凌駕するときがある。
だから面白い。
生きてるのは。
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徳永英明、歌うますぎ。
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今年の忘年会がいまから楽しみです。
今年の忘年会はどでかいのいきますか。
記憶のかけらもなくなるくらいのやろうよ。
ねぇみなさん。
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POSTED @ 2007.09.20 |
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