• PHOTO最終更新日2010年10月11日



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Title: もうすぐお彼岸。

自分の追い込み方というのをここ数年で十二分に学んできて、ピークをもってくるところまで意識を持続させるということがだいぶうまくなった。いま頭がやっといい感じに熟成してきてCPUがカリカリと音をたててフル回転しているのがものすごく心地いい。

こういうときは自分の身に周りに起きることが面白いくらい自分の考えているものにつながる。昼にたべたレストランのウェイトレスの蝶ネクタイのおじさんをみていても、テレビをみていても、DVDみてても、友達のブログを読んでてもぜんぶつながる。おもしろいぐらいに。

真宗関係者の人もなんにんかみてるだろうから専門的ですが、今回のお彼岸は悪人正機について歎異抄の3章と13章を引用して話そうとおもいます。

一言でものすごく簡単にいえば。他人事でない事実なんてこの世の中に存在しないということで、あのテロリストも犯罪者も自分とは切り離されたものではなくて、一歩間違えば自分だってそういう行為を犯してしまう危うさであり弱さをかかえている人間だということを自覚することが大切なんじゃないかと。

自分がよかれとおもったことがどこかで誰かを苦しめているかもしれないということは、往々にしてありえることで。そんなの気にしてたら生きていけないというかもしれないけど、悪人ときいたときに自分を思い浮かべる人がいないけど、自分の中にそういう要素はないと思い込んでるけどそれは気づいてないだけかもしれないわけで。

世の中に絶対善も絶対悪もなくて、人間はいつだってもろくてあやうい生き物で。一瞬で価値観もかわっちゃうような生き物なんじゃないですかね。戦争の中に一番醜いのも人間で一番尊いのも人間で。自分の中には間違いなくその両極端があるのは事実で。そんな矛盾をかかえたのが人間なんじゃないですかね。

というような内容を踏まえて最後は本願はそういうわが身に向けられた大慈悲心であるということと、その中にある「悲」とはどういうことかということを悪人正機に結びつけて論じていこうとおもいます。感覚を文字や言葉にするのははげしくもやもやするしもどかしいです。

こんな話でいっぱい飲みながらだれか語りませんかね。誰かに話すと一気に考えがまとまったり、自分でもびっくりするような発見や言葉が自分の口からとびだすことがあるんですよ。ほんとに。

これを読んでるほとんどの友達は、宗教とかお墓とかお寺とか、そういうものにはまだまだ縁のないひとばかりだろうけど、数十年以内にはかならず身近な人間は何人か死ぬだろうし。さらには自分だっていつか、癌にもなるかもしれないし、糖尿病にもなるだろうし、どんなにがんばってもしわしわでよぼよぼになって繕いきれなくなるときがくるのは事実で、さらにいえば結婚して子どもができて幸せでもいつかかならずその人たちと別れるときはくるわけで。

ビールのんでもぬぐいきれない苦しみにぶつかるときが人生にはある。

きっと長男ならこれからお墓を継承していく機会もこれからあるだろうし、次男や女の子で嫁にいってれば特別な事情がないかぎり自分の親と同じお墓にははいれないし、いつか必ずお墓を買うときがくるだろうし、これからいやでもお寺というものや、宗教というものにかかわりをもっていかなければならない場面はたくさんあるんだろうし、その時はじめて宗教というものに触れる人がほとんどなんだろうな。

ほんといまこうやって真宗を勉強するようになって生きててほしかったなと思う人がたくさんいる。気づいたときにはもうその人はいない。とはよくいいますが、もっと話を聞いておくべくべきだった人が次々に浮かんでくるのにみんな死んでて悲しいです。だからこれからはもっと一つ一つの縁を大事にしていこうと思いました。

ちょっと頭休めになにか新しい曲でも仕入れようとiTuneStoreを物色するとことごとくJUSTFORYOUのすすめる曲にやられてまとめ買い。でもたまにわけのわかんないものをすすめるItuneStore、今日は小林旭をすすめられました。「熱き心に」という曲です。まぁ買いましたけど。けっこうこれ沁みます。

こうやってなにも考えずだらだらと文章をかくのはものすごくいやされるきがします。

さて続きでもやります。

POSTED @ 2008.09.08 | Comment (0) | Trackback (0)

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  • 自己紹介:1980年1月9日生まれ。どこからを趣味と呼んでいいのかは模索中。好奇心は旺盛。