Title: 蟄虫啓戸
子守唄をうたうと子どもは安心して眠りにつくことができる。これは科学的にも証明されているそうで子守唄は子どもをリラックスさせる効果があるという。でもそれはあくまで母親であったり父親であったり、祖父でも祖母でも。その子にとって安心できる人でなければ意味がないそうだ。そんでさらにそれを録音してカセットテープで流しても駄目だし同じ声のトーン。おなじう唄い方で他の人が唄っても駄目だそうだ。
あくまで生の声でないと効果が得られないという。
一言で言えばそこには目に見えないなにかの働きがあるからで、その目に見えない働きとは、信頼とか安心とか。目に見えない想いだったり。子を思う親の気持ち、親を思うこの気持ちであったり。それも一方通行じゃなくて、双方がつながってはじめて生まれるものがあるんだと思う。
言葉や気持ちは目には見えないけど確実に存在していて、科学では目に見えたものしか肯定しないけど、そこにある思いや気持ちを通じ合わせること。「想い」いうものが間違いなくそこにはあるんだということなんだと思う。
仏教では「感応道交」という言葉がある。
おもうこと。おもわれること。これがつながるというのは簡単なようで難しい。想うだけでもだめで、想われているという自覚がなくてもだめだし。
そこから生まれるものが、「信心」であったり「回向」というものに結びついてくるんだということなんだろうか。
POSTED @ 2008.03.03 |
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